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おかめ「アン」、うさぎ「クロ、ミミ、チビ」 2009.01.07 クロ、1月4日午後1時30分息を引き取りました!
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2009.01.07 クロ、1月4日午後1時30分息を引き取りました!
- 2009/01/07(Wed) -


[RSS] 人間もペットも、命にはかわりはありません。「体」は無くなっても、「命」は生き続けるのです。「クロ」は私の為に生まれてきたのではありません。私に会うために生まれて来たのです。




Kuro3-20081231
(2008年12月31日のクロです)

12月31日のブログで紹介した「クロ」の写真です。この日の写真が、「クロ」の最後の写真となってしまいました。これまで、多くの危機を乗り越えてきた「クロ」、でも、左顎下にできた「膿瘍」には、勝てませんでした。犬・猫とは違い、うさぎにとって「膿瘍」は「腫瘍」にも匹敵する恐ろしい病気です。

「クロ」の前に飼っていた「ミミ9歳」も同じ場所にできた「腫瘍」で、半年の苦しい通院の後、死なせてしまいました。この写真撮影の数日前、「クロ」は、突然、左前足も使えなくなり、2日間、自分では身動きが困難な状態になり、かろうじて私が与える水を飲み、命をつないでいました。でも、それから3日目に、スックと立ち上がり、自分で餌場に移動し、餌を食べ始めたのです。左前足も骨折したとばかり思っていたため、この姿を見て、涙が出て、止まりませんでした。「奇跡」としか思えなかったのです。

でも、「ミミ」のこともあり、「クロ」の顎下を触ってみました。「クロ」も高齢になり、気になっていたので、これまでも時々、確認していたことです。

触ってみると、これまでには無かった「丸い堅い固まり」があるのが分かり、驚きました。まだ小さいので、今なら動物病院で治療を受ければ、治ると思いました。

早速、昨年3月に「猫ちゃん」で治療・入院していた家の近くの「動物病院」へ電話をしました。その時はこの病院しか知らなかったためです。でも、再び、「猫ちゃん」の時同様、冷たく断られてしまいました。「うさぎ」を診られる医者(奥さん)が産休に入っているためでした。「猫ちゃん」の時は、くいさがり、治療をしてもらいましたが、今回は理由が理由だけに断念しました。と同時に、「もうこの病院に頼ることはできない」と思いました。

唯一、頼りにしていた動物病院です。急いで、「猫ちゃん」の時と同様、コンピューターで郡山市内にある「動物病院」を探しました。初めは、住所、電話、簡単な診察項目だけで、詳しい情報を得ることができませんでした。しかし、数時間後に、近くの「イオン・タウン」のペット・ショップ「ペット・シティ」内に「ワイワイ・ペット・クリニック」があるのを知りました。「ペット・シティ」のホームページのリンク集には2年前から、すずめ「チー」のホームページを登録してもらっていました。また、ペット・ショップへは、「クロ」や「チー」、「アン」の餌を購入するため、時々利用していました。「灯台もと暗し」だったのです。


Kuro1-20080501
(2008年5月1日のクロです)

早速、店内の「ワイワイ・ペット・クリニック」へ確認のため、行ってみました。その日(25日)は「木曜日」、休診日と思っていましたが、昨年5月から、12月31日を除いて、「休診日」は無くなり、その日も4時から予約無しで診てもらえることが分かりました。嬉しさのあまり、声を出して喜びました。あいにく、その日は強い風と伴に、雪も降り始めていました。まだ、「クロ」を連れてくる準備もできていません。明日(26日)午前に診てもらうことにし、帰宅しました。

帰宅し、餌を食べていた「クロ」に、「クロ、病院が見つかったぞ! 明日、診てもらえるよ! もう、大丈夫だよ!」と話しかけると、「どうしたの?」と言った顔をしていました。まだ、痛みは無かった為です。

次の日(26日)午前に、早速「クロ」を連れて行こうとしましたが、昨日(25日)から襲来した全国的な寒波のため、台風並みの雪を伴った強い風が吹き荒れ、この日は断念しました。風邪を引かせては元もこうもないからです。でも、次の日も、また次の日(28日)も、寒波は去りませんでした。「クロ」の顎下の「固まり」が少し大きくなっていました。思いあまって、ブログで紹介したように、ケージ内外に「防寒」を施し、さらにケージを2枚の膝掛け毛布で覆い、電動自転車の荷台に縛り、ゆっくり、でも急いで「ワイワイ・ペット・クリニック」へ出かけました。


Kuro2-20081208
(2008年12月8日のクロです)


到着時間は6時30分頃「午後診察時間(4時~7時)」、待っている患者はなく、直ぐ診てもらうことができました。

左頬の丸い「固まり」の診断と治療、お尻周辺をきれいに、爪切り、色々お願いしました。クロにとって、大きくなってからは初めての病院です。骨折しているクロの状態を考え、診察台にバスタオルを敷かせてもらいました。クロを仰向けにし、私が、頭の方で、クロの体をできるだけ楽になるよう支え、女医さん、助手さんで左頬の「固まり」の点検、思った通り「膿瘍」でした。

「固まり」に注射針を刺し、「うみ」を吸い出しました。最初は細い針で、続いてやや太い針で、この治療で「少しでもクロが楽になれば」と思いながら、クロの体を支えていました。

次にお尻周辺を確認してもらいました。思っていたより、広範囲に毛が抜け、赤くただれていました。恥ずかしながら、飼い主である私は、初めてこの状態を知りました。右前足骨折の影響がこんな所まで出ていたのです。何にも知らないで「ゴメン、クロ!」 お尻周辺に付いていた「ウンチ」を一つ一つ、ハサミで切り取り、ただれていた部分に薬を塗ってもらいました。

次に、私が十分してやれなかった「爪切り」をしてもらいました。

最後に、お尻に皮下注射をしてもらい、ようやく、クロは仰向けの状態から解放されました。時間にして20分ぐらい、クロにとっては大変苦痛だったようです。帰宅すると、数時間グッタリしていました。

診療が終わり、クロをケージに戻す前に、ケージのシート状態を確認すると、「オシッコ」と「ウンチ」があり、急いで新しいシートに換えました。

最後に渡されたのが、前回紹介した写真の「飲み薬」と針のない「注射器」でした。「1日2回、0.5ミリを与えて下さい」とのこと。「「餌を食べなくなった」など、何か変化があった時は、すぐ連絡して下さい。」と言われました。

女医さんも、助手の方もとても親切で、ていねいにクロの診療をしてくれました。本当に「感謝感謝」でいっぱいでした。

帰宅後、クロは疲れのため、数時間グッタリしていましたが、しばらくして、量は少ないながら餌を食べ水を飲み始めました。ホッとしました。この日は、「クロ」の体調を考え、「飲み薬」は飲ませませんでした。

次の日(29日)午前11時過ぎに、1回目の「飲み薬」を与えました。クロを仰向けにし、口の右横から注射器を使い、口に注入しました。クロは、「苦い!?」と言わんばかりに、しきりに口の中をモグモグさせていました。好きな味ではなかったようです。

12月30日、餌・水の摂取量が少なくなり、少し元気がないように感じましたが、夜11時、「飲み薬」を与えました。顎下の「膿瘍」を触ってみました。堅くなっていましたが、膿はまだ少しでホッとしました。

12月31日、朝から元気が無く、餌を全く食べなくなりました。移動するのも辛そうで、一カ所でジッとしていることが多くなりました。水は、私が口元へ器を持って行くと、ゴクゴク飲みました。しかし、飲み方が、これまでにない飲み方で、バスタオルをビショビショに濡らしていました。

この日は、病院は1年に1回の唯一の「休診日」のため、明日、早朝に病院へ行くことにしました。「薬」を飲ませることはストップしました。

1月1日午前10時少し過ぎに、「クロ」を連れ、病院へ出かけました。早い時間なので、この日も直ぐに対応してくれました。体調が悪く、餌を全く食べなくなってしまったことを伝えました。どんな状態でも、これまでは数日後に、自分から食べ始めた「クロ」です。でも、今回は、その態度も見られなくなってしまいました。

今回は仰向けにすることはせず、私が体を支え、「膿瘍」の状態を診てもらいました。まだ、「膿」は溜まっていません。全く餌を食べなくなったため、「点滴」と「皮下注射」をしてもらいました。

「餌を食べなくなると、腸が働かなくなり、体力もなくなり、危険な状態になるので、無理にでも食べさせるようにして下さい。」と言われました。この言葉を聞くことは、私にとっては予想外でした。「無理に食べさせる」ことは、すなわち、「死」を意味することを、「ミミ」のことで経験していたからです。

治療が終わり、最後に、「できるだけ太い注射器を頂けませんか?」とお願いしました。固形の餌は食べることができない「クロ」です。ミミの時のように、「ペレット」をミキサーにかけ、水を加えて、注射器に詰め、少しずつでも食べさせるようにするためです。

太い注射器を2本もらい、「クロ」を連れて、急いで帰宅し、餌を食べさせる準備をしました。でも、この注射器そのままでは、使用できないことが分かりました。注射器先端があまりにも細すぎるため、水は吸い上げても餌を取り込むことはできませんでした。

早速、注射器の先端を、「ドリル」で広げ、「クロ」の口に傷をつけないようにヤスリでなめらかにし、食べさせようとしましたが、「クロ」の口には、この注射器では太すぎ、すっかり嫌われてしまいました。

初めての「点滴」を受けた為かは分かりませんが、回復することはなく、ドンドン悪化していくのが分かりました。「ミミ」同様、病院で治療を受け、苦しませることになり、後悔が残りました。

3日の夜、「ミミ」の時、「飲み薬」を「飲み水」に数滴加える時に使った柔らかい「スポイト」を使い、数回食べさせました。「クロ」を仰向けるすることをせずに簡単に食べさせることができました。「クロ」もいつもの餌と分かり、いやがることはありませんでした。ウンチも、小さいながらするようになりました。

でも、与えることができる量はほんの少しです。量を増やすにはこれでは無理です。4日午前、「ビバホーム」行き、大きめの「スポイト」を探しました。でも、すべて長いスポイトで、思っていたものは手に入りませんでした。念のため、数種類購入して、そのまま、病院へ向かいました。注射器の方が量を与えられるからです。病院に行くと、たくさんの「患者」を抱えた人たちでいっぱいでした。

受付を済ませ、しばらく待ちましたが、直ぐ対応してくれました。数種類の「注射器」を手に入れ、帰宅すると直ぐに、小型の「ドリル」を使い、先端の口を広げ、「ペレット」を粉末にしたやや液状の餌を詰め、「クロ」の口に注入し、食べさせました。クロはこの時はほとんど身動きできない状態でした。2回目を食べさせる準備をし、台所で「餌」を注射器に詰め、「クロ」の所へ行ってみると、「クロ」はすでに息絶えていました。「餌」で喉が詰まり息絶えたのかも知れません。


Kuro4-200901041330
(2009年1月4日13時30分、息を引き取った直後のクロです)

餌を食べ元気になると期待していたのに、ただ呆然と大粒の涙を流し、「クロー!」「クロー!」と呼び続けていました。

抱きかかえた「クロ」の体は、すでに柔らかくなっていました。泣きながら、カメラを用意し、シャッターを押していました。息を引き取った生き物は、物体化し、直ぐに変化してしまうように、クロの姿がドンドン変わって行くのを知っていたからです。「クロ」の最後の姿を残してやりたかったのです。何枚も何枚もシャッターを・・・。

病院へ電話をかけ、「クロ」が今息を引き取ったこと、「短い間でしたが、ていねいに「クロ」を診て頂き、ありがとうございました」と泣きながらお礼を言いました。私以外に、実際に「クロ」の姿を見て知っているのは、「女医さん」と「助手」の方だけだからです。「クロ」の姿を覚えておいて欲しかったのです。

横になった「クロ」に、柔らかい覆いをしてやり、しばらく見守ってやりました。頭を撫で体を撫で、お腹をさすってやりました。特にお腹をさすられるのが大好きだったからです。体全体ブラッシングもしてやりました。

「クロ」の体は硬くなり始めていました。と同時に、「クロ」は無臭なはずでしたが、臭いも少し感じられるようになりました。いつまでも、この状態にはしておけないことは承知しています。涙を流しながら、コンピューターに向かい、郡山市内にあるペットを「火葬」してくれる所を探しました。しばらくして、「みちのくペット霊園」で、「火葬」だけでも受け入れてくれることが分かりました。1個体で丁寧に「火葬」してくれ、市内とは言え、かなり遠い場所と言うこともあり、送り迎えをしてくれることも分かりました。

早速電話をし、6日(火)の2時に迎えに来てもらうことにしました。でも、どのような車で迎えに来るか心配でした。おそらく、「霊園」の名前が入っているのではと想像したからです。ご承知のように、我が家は集合住宅で、ペットは飼ってはいけないことになっています。ケージを持ち出すにも、管理人に気づかれないよう気を使います。相談した結果、「イオンタウン」の「ペット・シティ」の前で待つことになりました。6日にした理由は、4~5日の二日間はそのまま置いてやりたかったのです。でも、冬場であっても、暖かい部屋の中ではこれが限界です。事実、6日の朝には、再び「クロ」の体は柔らかくなっていました。体内で腐敗が始まったのです。臭いも強くなってきました。全く臭いのない「クロ」だったのです。

6日1時半に、クロをケージに入れ、家を出ました。出る前に、いつもより丁寧に体全体をブラッシングしてやりました。「クロ」は女性なのです。

「ペット・シティ」の側のベンチに座り10分ほど待ちました。これまでのあの嵐はすっかりおさまり、太陽も姿を現し、イオンタウン内もたくさんの家族が歩いていました。2時少し前、私の居る場所の近くの駐車場所にとめてあった車のドアを開け、私の方を向いて「うさぎさんの・・・?」と声をかけてくる人がいました。「霊園」の人でした。車は普通車で安心しました。後で聞いた話ですが、宣伝マークが入っていると嫌われるとのことでした。

直ぐに「霊園」へ向かいました。20~30分後到着、早速、「クロ」を祭壇の前に安置し、ろうそく線香だけを立ててもらいお祈りをしました。その後、「クロ」の体を何回も何回も撫でてやりました。本当に、「クロ」の姿を感じられる最後だからです。約8年間、苦労を伴にしてきた家族です。自然に涙がこみ上げてきました。許可を得て、祭壇の「クロ」の姿を写真に残すためシャッターを押し続けました。その後、ケージに敷いてあったシートごと、火葬場へ持って行ってもらいました。


Kuro5-20090106
(愛するクロのひとつの姿です)

別の部屋で40分ほど、霊園主(迎えに来てくれた人)と話しをし待っていると、部屋にあった電話のベルが鳴り、再び祭壇のある部屋へ行き、変わり果てた姿の「クロ」を見ました。不思議に涙は出ませんでした。これも数枚写真に納めました。この瞬間は二度とないからです。「はし」が用意されていましたが、骨が柔らかく、崩れてしまうため、手で骨をひとつひとつ「骨壺」の中へ入れました。すべて「骨壺」の中へ入れてくれるようお願いしました。これが、現実に見る「クロ」の姿なのです。そう思うと、すべてが愛おしく感じられたのです。

人間もペットも、命にはかわりはありません。「体」は無くなっても、「命」は生き続けるのです。「クロ」は私の為に生まれてきたのではありません。私に会うために生まれて来たのです。


Kuro6-20090107
(小さな器に入って帰宅しました。クロは、これからも我が家の家族です。)


姿は変わっても「クロ」は「クロ」です。我が家の家族として、「クロ」はこれからも生き続けます。

「アンとクロ」のブログを止めることはありません。また、ブログの名前を変えることもありません。もう、「クロ」の写真は撮れませんが、でも、これまで、2年間、ほぼ毎日撮り続けて来た約5000枚(数えたわけではありませんが)の写真があります。すずめ「チー」と同じように、この写真を紹介して行く予定です。できるだけ多くの人に、「クロ」が懸命に生きた姿を知って頂きたいのです。

これからも、すずめ「チー」と同様、おかめ「アン」うさぎ「クロ」をよろしくお願いします。

もし、気の合う「うさぎ」に会えた時は、新しい家族の一員として紹介して行きます。


お詫び:これまでコメントを頂いていても、返事を書けませんでした。お許し下さい。


                       チー、クロ、アンと共に!






























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コメント
-残念です-
シリンジによる強制給餌、皮下輸液、みちのく霊園…
夢二の先代になる龍之介を亡くしたときとあまりにも状況が似ていて、
妻とあの日のことがフラッシュバックされました。

龍之介がいなくなった虚無感からか、それまで見ることもなかった
猫関係のブログを見るようになり、楢和さんとスカイランサーさんの
ブログに辿り着いてレビン君の存在を知ったのです。そのレビン君が
今では夢二として私たち夫婦にとって龍之介と同様に大切な存在に
なっています。

いろんな偶然が重なった上で夢二がここにいる―そう考えると
夢二との出会いは巡り合わせに思えてなりません。

クロちゃんとの別れは辛く悲しいものだと思いますが、
楢和さんにとって素敵な出会いはこれからもきっとあるはずです。
それらの子達をクロちゃんと同様に愛してあげてください。
2009/01/08 02:38  | URL | T夫妻 #-[ 編集] |  ▲ top

-Tさんへ-
先日は、クロのことで、忙しい中、本当に申し訳ありませんでした。お許し下さい。病院紹介のこと、大変嬉しく、感謝しています。

今日も、まだ、無力感に襲われています。何も言わないクロでしたが、すべてを分かっていました。特に、右前足を骨折してからの2年間の介護生活は、クロにとっても、私にとっても大変でしたが、でも、私の励ましにクロも答えてくれ、これまで頑張ってくれました。充実した毎日でした。今になって、それがハッキリ分かります。

今日、ペットショップで、猫用のクッションを購入して来ました。クロが今まで居た場所に敷いて、クロの入っている箱(壺)を置いてやりました。これからも、クロのスペースはそのままに、餌と水も今まで通りあげて行きたいと思っています。
2009/01/08 23:20  | URL | ならわ #-[ 編集] |  ▲ top


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